どろえびすの診療日記

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この女(ひと)呆けてるの? ぼけてないの?

 

診療所のある倉敷市水島の南部一帯は大工業地帯。工場の煙突の真下みたいなところにも未だたくさんの人が住んでいる。でも、ここもだんだん高齢化している。

わたしが定期的に往診している婦人はもう86歳。

彼女の病気は今はやりの認知症。それに腰痛(こしいた)に膝痛(ひざいた)。これは少しばかりの野菜とミカンつくりの重労働がこたえて悪化したものであろう。今では畑に出るのもままならず、たまに二本杖で外に出るのがやっとである。野菜つくりを趣味にしているわたしは、往診のたびに毎回一つだけ質問をして、わたしの野菜つくりのヒントにしている。もちろん彼女の脳をちょっとだけ刺激するためでもある

「空豆はいつタネを蒔くの?」

 すると、かなりひどい難聴の彼女は、何?今何言った?みたいな表情になり

「空豆かな、そりゃあなあ、あんたあ、昔はなあ、祭りの時季にタネまいてたなあ、来週くらいじゃあなあ」

 と大きな声で教えてくれる。ま、この声が続くかぎりはまだまだこの女(ひと)も死にそうにない。

「あんた、空豆を植えんさるかな、他にはなにを作っとりんさるんかな」

「米も作っとるでえ」

「えー?米もつくっとるんかな」

「ええ」

「なんぼう」

「二反」

「へーっ、忙しいのによう作っとりんさるなあ」

 米をつくっていると聞いたとたん、わたしにたいする彼女の態度が変わってしまった。

「白菜の苗つくっとるから、余ったのをもって来ようか?」

「4、5本つかあさるかなあ」

「わかりました、今度来るときに持参しましょう」

 次の往診時、わたしは白菜のことはすっかり忘れていた。彼女は

「先生が白菜の苗をもってきてくれたらいけんけん、お返しに、わたしが採ったお多福まめとアラスカ、それにこれは春になって蒔くんじゃあけど、三尺ササゲのタネを用意しておきました。植えてつかあさい」

「今日診療所に来てから白菜忘れたの思いだしたんよ。明後日届けるけん、ごめん、ごめん」

 わたしは二日後は白菜の苗10本を持参し裏口に置いた。

 また次の往診の日

「先生、あの苗は陽陰(ひかげ)でつくったんじゃあないか、茎がひょろ長いし、葉っぱも色が来とらんでな」

「はあ、すみません、ご指摘のとおりです。来年はええのをつくりますから・・・」

「そえでもなあ、あれからもう二週間経ちましたけんなあ、大きくなりました。帰りに見てちょうだい」

「はい、見させていただきます」

「先生、すまんけどなあ、ブロッコリーの苗があったら一本だけちょうだい」

「はい、あげます」

 翌日、数本のブロッコリーと、それにタアツアイ、水菜、紅菜苔(こうさいたい)の苗を各数本を持参して閉まりの悪い裏口に置いた。今度往診したときには彼女は何というだろうか。きっと

「水菜やブロッコリーはわかるけど後のはありゃあ何の苗ならな?」

 と言うに違いない。                     ('09.10.21.)

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