2009年12月アーカイブ

当地もこの1・2日少し寒くなってきた。この寒さを押して診療所

に通ってきてくれる方たちには頭が下がる思いです。

 荒川さんはわたしより少し歳上で、過去に悩内出血と悩梗塞を患い

右半身がわずかにマヒしている。メガネの奥の彼女の眼差しは、過去

に大きい病を経験したためか、これともこれからの余生にたいする不

安がそうさせるのか、いつも憂いを含んでいる。色白ではないが、や

さしい肌、こんな弱々しいが理知的な人に逢うと、わたしはたまらな

く切なくなって、思わず抱きしめたい衝動にかられる。彼女は

「先生、わたしは右半身マヒだから字がうまく書けないんです」

「はい、歩くほうは?」

「何とか歩けるんですけど、杖をついて転ばないように氣をつけてる

んです」

「そうですよ。氣をつけてね」

「はい、でも、最近デイケアに行き始めてるんですけど、矛盾を感じ

ることがあります」

「矛盾?」

「わたしよりはずーっとよく動く人が『要介護2』で、やっと歩いて

いるわたしがどうして『要支援2』なんでしょうか、わかりません」

 彼女が余り真剣に訴えるので、わたしはついおかしくなってあっは

っはあ、と笑ってしまった。そして

「あのね、荒川さん、介護保険は総合的に判定されるから簡単には言

えないけどね、認定には大きな二つのポイントがあるの、それはね、

歩けるかってことと、もう一つは認知症があるかないかですよ」

「わたしも『もの忘れ』が多くなりました」

「もの忘れくらい誰にもあるからねえ」

「ここには歩いて来れるからいいですけどね、センセ、眼科に行こう

と思ったらタクシーに乗らないといけないんです。『要支援2』では介

護タクシーは利用できないんです。お金があまりないんです」

「あっはっはあ、ごめんごめん、つい笑って・・・、だっておかしい

んですものねえ。介護保険の矛盾がそこまで分かっている人は認知と

認定されないんよ、ついでがあったら車に乗せてあげるから・・・」

「はい」

 彼女が再び脳血管障害をおこさないよう切に願っている。('09.12.17.)

 あまりにも重症感があるし、数日間は毎日往診することにした。

往診二日目、話のきっかけにこの男(ひと)の出身地について聞いた。

すると天草だという。

「そうかな天草かな、ええとこじゃあなあ」

と言うと男は(ふん、知ってるんか)という表情になった。そう言

ってはみたものの、実のところわたしは天草のことをよく知らない。

若いときに一度行ったことがあるだけである。もちろん牛深はその地

名を知っているだけである。

 痛いか、と言っても、苦しいか、と言っても返事をしないのに、

わたしが「牛深かな」と聞いた途端に目を開けて

「牛深じゃあ」

 と小さい声で溜息をつくように言った。きっと彼の頭の中では故郷

の風景がよぎっていることだろう。

「牛深から水島に来て何してたの?」

「川鉄で働いていました」

 と答えたのは側の夫人である。

「川鉄かな」

「下請けのY組ですけどね」

「Y組だったら・・・溶鉱炉の前で働いてたの?」

「うん」

 川鉄の下請けにY組というのがあって、溶鉱炉の前の炎熱の場所は

Y組がやっていたとは以前聞いたことがある。

「ところでお腹のことじゃあけどなあ、今日は点滴の前にほんの少し

血を採って検査させてもらうで・・・」

「・・・」

 検査はすぐ判明した。ヘモグロビン 5.8g/dl。ひどい貧血。まあ、

言い方は悪いかもしれないけど死にかかってる。

往診三日目

 検査結果を説明して、頼むから短期間でも入院して・・・、とす

すめるも肯んぜず。

往診四日目

 「検査入院でいいから、胃カメラだけでもして・・・」とすすめる

が、首を縦に振らない。極端な医者嫌いなのか、医療不信なのか、本

当はお金のことを心配しているのか・・・。帰り際、見送りに外に出

た夫人に「胃ガンだと思います。でもひょっとすると良性かもしれな

いから短期間でいいからやっぱり入院して検査したほうがいい」と告

げた。すると、彼女は「わたしもガンではないかと思うんです」みた

いなことを言った。

翌日今度は看護婦だけで訪問した。看護婦はもっと率直だ。

「関口さん、あんた、入院せんといけんよ。せっかくここまで生き

て来たのにもったいないですよ」と言うと「個室なら入院してもい

い」と言う。「個室ならいいんですね、わかりました。頼んでみまし

ょう」

 次ぎの日、この男(ひと)は入院した。

 その日、病棟訪問に行った看護婦に夫人が「個室じゃあなかった

けど、四人部屋に一人しかいないから個室みたいなもんね、カメラ

も苦しくなかった。それに十二指腸潰瘍だったんだそうです。本人

もこんなんじゃったらもうちょっと早く入院すればよかった、と言

ってます」と言った。

 てっきり「胃ガン」と思っていたが診断が間違っていた。間違っ

ていてよかった。

バンザイ! ('09.12.3.)

先週のことです。

診療所の窓口に電話がかかってきた。中年の婦人の声で

「主人がここ何日も食事をしていないんです。いくらすすめても病院に行かないし、『ええ、ええ、ほっとけ』とばかり言って寝てるんです」

「はい」

「友達から聞いたんですが、そちらからは往診をしていただけるんですか」

「いいですよ、行きますよ」

「ちょっと主人と相談してもう一度お電話させていただきます」

 翌日また電話がかかってきた。

「すみません、主人は『医者嫌い』でしてねえ、どうしても『うん』と言

わないんです。わがままでホントに申しわけありません。でも、もういい

です往診をお願いします」

「はい、じゃあ午後2時からうかがいます」

 看護師から報告を受けたわたしは、いろいろな病気とともに寝ている人

の人物像に思いをめぐらした。患者さんはいままで何人もいたなあ。大抵

はワンマン亭主や、大酒飲みか、認知症がすすんでいる場合もある。ま、

若い医者たちにいつもも言ってるように「病気が分からんときには患家に

出かける」に限る。ただ、うまく患者さんがこちらのペースにのってくれ

て話し込めれば何とかなる、とそう思って出かけた。

 患家は近かった。

 家に入ると60がらみの夫人とおぼしき人が出てきて

「まあまあ、先生、お忙しいのにすみません」

 と、これは誰もが言うセリフ。

 案内された患者の寝室はあまり大きくない家の北の部屋。ご当人の患者はいわゆる「煎餅布団」にくるまって寝ていた。「先生にきていただきましたよ」と言ったが本人は何の反応もなく、冷たい布団からわずかに頭を出した。その顔は蒼白、いや単に蒼白というより土色。強い貧血と「るいそう」、何日も剃っていなのであろう、ヒゲは生やし放題。何を聞いても返事がない。夫人が側で「この人は耳も遠いんです」と言う。わたしは彼の耳元に口をあてて

「あんた、えらいんかなあ、何も食べとらんのかなあ」

 当人のかわりに夫人が「何も食べてないんです・・・、このままだと・・・」

あまり反応がないのでわたしは話題を転換した。

「あんた、どこの出身?」

 すると、いままで黙りこくっていた男が

「天草」

 と言った。

「ああ、そう、天草かな・・・、天草のどこ?」

「牛深」

「ああ、そうかな、牛深かな・・・」

 ここまできたらもうこちらのペースだ。だんだん話が核心に近づく。(続く)'09.12.1.