どろえびすの診療話、診断が間違っていてよかった(2)

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 あまりにも重症感があるし、数日間は毎日往診することにした。

往診二日目、話のきっかけにこの男(ひと)の出身地について聞いた。

すると天草だという。

「そうかな天草かな、ええとこじゃあなあ」

と言うと男は(ふん、知ってるんか)という表情になった。そう言

ってはみたものの、実のところわたしは天草のことをよく知らない。

若いときに一度行ったことがあるだけである。もちろん牛深はその地

名を知っているだけである。

 痛いか、と言っても、苦しいか、と言っても返事をしないのに、

わたしが「牛深かな」と聞いた途端に目を開けて

「牛深じゃあ」

 と小さい声で溜息をつくように言った。きっと彼の頭の中では故郷

の風景がよぎっていることだろう。

「牛深から水島に来て何してたの?」

「川鉄で働いていました」

 と答えたのは側の夫人である。

「川鉄かな」

「下請けのY組ですけどね」

「Y組だったら・・・溶鉱炉の前で働いてたの?」

「うん」

 川鉄の下請けにY組というのがあって、溶鉱炉の前の炎熱の場所は

Y組がやっていたとは以前聞いたことがある。

「ところでお腹のことじゃあけどなあ、今日は点滴の前にほんの少し

血を採って検査させてもらうで・・・」

「・・・」

 検査はすぐ判明した。ヘモグロビン 5.8g/dl。ひどい貧血。まあ、

言い方は悪いかもしれないけど死にかかってる。

往診三日目

 検査結果を説明して、頼むから短期間でも入院して・・・、とす

すめるも肯んぜず。

往診四日目

 「検査入院でいいから、胃カメラだけでもして・・・」とすすめる

が、首を縦に振らない。極端な医者嫌いなのか、医療不信なのか、本

当はお金のことを心配しているのか・・・。帰り際、見送りに外に出

た夫人に「胃ガンだと思います。でもひょっとすると良性かもしれな

いから短期間でいいからやっぱり入院して検査したほうがいい」と告

げた。すると、彼女は「わたしもガンではないかと思うんです」みた

いなことを言った。

翌日今度は看護婦だけで訪問した。看護婦はもっと率直だ。

「関口さん、あんた、入院せんといけんよ。せっかくここまで生き

て来たのにもったいないですよ」と言うと「個室なら入院してもい

い」と言う。「個室ならいいんですね、わかりました。頼んでみまし

ょう」

 次ぎの日、この男(ひと)は入院した。

 その日、病棟訪問に行った看護婦に夫人が「個室じゃあなかった

けど、四人部屋に一人しかいないから個室みたいなもんね、カメラ

も苦しくなかった。それに十二指腸潰瘍だったんだそうです。本人

もこんなんじゃったらもうちょっと早く入院すればよかった、と言

ってます」と言った。

 てっきり「胃ガン」と思っていたが診断が間違っていた。間違っ

ていてよかった。

バンザイ! ('09.12.3.)

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