2010年2月アーカイブ

どろえびすの「世相横断・政情縦断」1.

| コメント(0)

あんなにも期待して政権交代を迎えたのに、今の政権は失望の連続で   ある。かと言って昔の自民党政権に戻るなんて願っている人はほとんどいないと思えるのだが・・・。今の政権は何が一番国民の期待を裏切っているか、政策のあれこれはむろんあるが、内閣の要人の言うことがばらばら。これでは国民は誰をどう信じたらいいのか皆目見当がつかない。

 その一つの例が沖縄普天間基地の移設問題である。

 仲井知事が「県外、国外がベスト」と言うと官房長官は「ベターにな

るかも・・・」と言い、鳩山首相は「ベストを求める」と言う。これで

は聞いている国民は何が何だかまったくわからない。それでも「5月決着」だけは何度も言うのだからますます分かりにくい。この混迷の原因は   今の政権に「日米軍事同盟」をどうすべきかという根本の議論がないからだろう。わたしは「日米安保改定50年目」の今年はいい機会だから、この従属的な軍事同盟は廃止する方向で検討するのがいいと思う。                                (2010.2.24.)

 

 Kさんは今年九十三歳

 倉敷市浦田に娘さんと住んでいる

わずか三十軒ばかりのこの集落は、かって百歳以上も生きる方が次

々にでるくらい当市でも高齢者の多いところで知られていた。Kさん

は大工の棟梁で「このあたりの家は全部わしが建てた」というほどで

あった。

 わたしがこの方を診だしたのは1969年であった。

 最初はあまりたびたび 診るってほどでもなかったが彼の飾り気のな

い木訥(ぼくとつ)とした語り口が好きで診療の合間にはよく無駄話

をした。

"白菜の苗ができてるけど要る?"

 とわたしが言うと、彼は

「苗は要らん、できたやつのほうがええはなあ、あっはっはあ」

"つまり、作ってもって来い、ってことかな"

「そうじゃ、あっはっはあ」

 "うーん、わかった、ええのができたら持って来らあ"

  というような無駄話をしていた。

   Kさんを最初に診だしてからもう41年、彼も93歳になった

  彼もさすがにパワーが落ちて寝ていることが多くなり今では毎週往

診している、寝ているのは農家の奥のほうの納戸

部屋は暗いが本人はいつも明るい

「わしもぼつぼつおしまいかなあ、センさん」

「センさん」はこの人流の「先生さん」の略

"いやいや、まだまだ・・・"

「そうかあ?もうええ加減でええでえ、センさん」

 彼の腹部大動脈瘤はもう直径8センチを越している

 5センチくらいのときにはまだ外で仕事していたのに・・・・

 先日、介護保険制度に基づく「調整会議」で週に一度デイケアに

行くようすすめられたが、本人が行きたがらないという。わたしは

娘さんに「行かなくてもいい」と言った。そしてもう一言「もうい

つ破れるかわからないから、あんたも覚悟しなさい」と付け加えた。

彼女は少し緊張した面持ちで「はい」と言った。('10.2.22.)

どろえびすの診療日記「36年診てる」

| コメント(0)

今年のバレンタイン、患者さんからいただいたチョコは2個

ありがとう氣をつかっていただいてねえ・・・

来年も下さいね

チョコいただいた二人はもちろんご婦人、だけど、全く予想外の人

だった。いずれも80歳を越している。それだけに有り難味も増すと

いうものです

元気でいてまた来年もチョコくださいね

 さて、話は変わるが、内科の医者にとって長く診る患者さんをどれ

だけ多くもつかは医者の評価基準のひとつではないかと思う

 わたしにも長く診ている患者さんが少しいる

 今日来たW君、延々と毎月きてくれている。16歳に心臓の病気で

診はじめていま52歳、36年診ていることになる。こうなるともう

他人じゃあなくって分身みたいな存在だなあ。今日の二番目に長い患

者さんは46歳のとき脳出血で診たのがはじまり。この方は31年診

ている計算になる。軽い片マヒがあるだけで、夫人を同伴して朝一番

におみえになる。夫人が言われた。「脳出血をした時にはお酒を浴び

ほど飲んでいました。今はいい孫もたくさんできて幸せです。これ

脳出血をなおしていただいたお陰です。センセも元気でいてくださ

ね」

と、逆に激励されてしまった。

 ありがたいことです。(2010.2.16)

 

これは2月3日、節分の日のことである。巻き寿司をいただいてやす

んだ直後の午後11時45分であった。枕元の仕事用の携帯電話の呼び

出し音で目が覚めた。

「はい、何いーっ・・・?」

 相手の立場に立てば、実にぶっきらぼうで、生意気な返事だったかも

知れない。だけど、この時間は眠りについてまだそれほど時間がたって

いないから、眠い。長年この仕事に従事しているとこの季節のこの時間

の電話が一番嫌なのである。その昔、病院で当直していた時には真夜中

でもよく往診の電話がかかったものである。真冬の丑みつ時の往診、こ

れが一番辛いのである。

電話の主は同僚のナース

「先生、C施設からの電話で『Yさんが頭から血を流して、瞳孔が開

いている』との連絡です」

「えーっ?」

 眠気が瞬間にふっ飛んでしまった。

「瞳孔が散大?、つまり亡くなってるってこと?」

「そうらしいんです、どうされますか」

「どうされますかって・・・、そりゃあ行かにゃあいけまあ」

「はい、お願いします」

 患者さんは入所後間もないが顔もよく覚えている。あの方がなあ。

「そうかあ、あの人ねえ」

「はい、突然です・・・」

「わたし一人で行くから、あなたは来なくていいから」

と電話をくれたナースに言った。今から治療が必要な患者さんなら

ともかく、もう亡くなってしまっている患者さんだったら、わたし一

人で十分だ。C施設は比較的遠い。自家用車で行くにしては、数時間

前に飲んだ酒が氣になる。ここはやはりタクシーしかあるまいと判断

して、タクシーを呼んで出かけた。

 患者さんはもう亡くなっていた。遺体をみると、左後頭部に約3セ

ンチほどの割創があり、床に血が少し流れていた。施設長と施設管理

者を前にして、わたしは「警察に届けて検死をしよう」と断定的に言

った。こんな場合の医者の態度はあいまいであってはいけない。どち

らにしたってたいして違わないのだからこう言う場合は「決断」が大

切である。

「いいですね、警察に電話します」

 と受話器をとった。

 制服の警察官二人と少し遅れてジャンバー姿の刑事が四人やってき

て「急性心臓死だと思います」と言うわたしの言葉を聞いてかきかず

か、検死がはじまった。ま、これはいつものことでわたしには珍しい

ことではないが、当直の介護士は生まれて初めての経験らしく、緊張

のため顔がゆがみ、ひきつっていた。でも警察官の質問には「夕食は

全部おあがりになりましたし、十時の見回りの時には異常がありませ

んでした。その後も大きな物音などもしなかったし・・・」と正確に

答えた。わたしは彼女に「心配いらないからね、お年寄りの施設では

ままあることだからね」と慰めたが、「もう辞めたい」などと言わねば

いいが・・・。

検死は淡々と行われ、三時間も経ってほぼ終わりかけたころ、黒ジ

ャンバーの責任者とおぼしき刑事がわたしに「腰椎穿刺はしていただ

けますか」と言った。

ルンバール?

さあて・・・

長いことしてないからなあと思いはしたが「まあ、やってみますか」

と返事して脊椎に針を刺した。すると、意外なことに出て来る髄液は

「純血性」ではないか。わたしはこの方の死亡原因は脳出血ではなく

「心臓死」だろう、その理由は脳出血なら発症から死亡までの時間が

短かすぎると思ったからである。髄液をみてわたしはあっさり死亡原

因を「心臓死」から「脳出血」に変更した。黒ジャンの刑事は更に

「心臓血を採っていただけますか」と言った。「クスリを調べますか」

と言ったが刑事は何も答えず長い針を差し出した。これも久しぶりの

処置ではあったが、これはそう難しいことではない。ベッド脇の金の

柵にわずかに血が付着していたし、この方は午後十時以後に大きい悩

出血をおこし、悩室に穿破して倒れたのだろう。倒れる時にベッド柵

で頭を強打したと想定した。刑事も異論をとなえなかった。

帰って再び床についたのは午前五時を過ぎていた。

その日と次ぎの日の二日間は睡眠不足のため仕事中も頭痛がしてし

かたなかったがやっと最近調子が回復した。

「最近わたしは欝みたいじゃあ」と言ったところ、一緒に働いている

ナースが「そりゃあないない・・・、センセにそれはない」と言下に否

定されてしまったが、ほんとはわたしだって、「うつ気分」になること

はときどきある。別のナースは「そうですねえ、時に後姿が寂しそうに

見えるときがありますね」と言われてしまった。

 やっぱり・・・、そうだろうなあ。

 昨日は不眠でたくさん夢を見た。実にリアルな夢でよく覚えている。

 誰かがスライドで説明をしているが、画面がパッ、パッと早く変わる

し、バックグラウンドミュージックがうるさくてよく聞こえない。思わ

ず「うるさーい」と叫んでしまった。すると、かってわたしが一緒に働

いていて、今は事務職の最高幹部までなっているT君が、わたしのほう

をじーっと睨んで文句を言うわたしにあからさまに不快の表情をした。

 ただそれだけの夢である。

 定年を大きく越えた今も現役並みに働かせていただいていることは、

何よりも有り難いことである。こんな幸せなことはないはずだが、わた

しとて悩みはいっぱいある。その一つは「現役」との「間合い」のとり

方である。もう一つはそれはわたし自身が「老い」に向かっていること

に起因するのだろう。「うつ気分」は毎日のようにやってきてはわたし

悩ませるのである。

 こんな「うつ気分」のときにわたしはどうするか。

 休日だったら、畑に出て草をとる。何も考えないでただひたすら草を

ひくのである。一時間もやっていると、すーっとうつ気分が去ってしま

うのである。

 ウィークデイにはどうするか、ウィークデイには五分か十分早く出勤

して、いろいろややこしいことは考えないで、患者さんを診る。ひたす

ら患者さんを診(み)、彼らと「たわいもない話」をしているうちに、

十人も診終わるとすっかり気分が改善しているのである。

 じゃあ、そんなにうつ気分が多いんだったら畑の草はなくなり、診る

患者はどんどん増えているのか、と問われれば、世の中そう甘くない。

そちらのほうはなかなかはかどらないから困ったものである。

                     ('10.2.5.)