どろえびすの診療日記「頭から血を流して、瞳孔が開いています」

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これは2月3日、節分の日のことである。巻き寿司をいただいてやす

んだ直後の午後11時45分であった。枕元の仕事用の携帯電話の呼び

出し音で目が覚めた。

「はい、何いーっ・・・?」

 相手の立場に立てば、実にぶっきらぼうで、生意気な返事だったかも

知れない。だけど、この時間は眠りについてまだそれほど時間がたって

いないから、眠い。長年この仕事に従事しているとこの季節のこの時間

の電話が一番嫌なのである。その昔、病院で当直していた時には真夜中

でもよく往診の電話がかかったものである。真冬の丑みつ時の往診、こ

れが一番辛いのである。

電話の主は同僚のナース

「先生、C施設からの電話で『Yさんが頭から血を流して、瞳孔が開

いている』との連絡です」

「えーっ?」

 眠気が瞬間にふっ飛んでしまった。

「瞳孔が散大?、つまり亡くなってるってこと?」

「そうらしいんです、どうされますか」

「どうされますかって・・・、そりゃあ行かにゃあいけまあ」

「はい、お願いします」

 患者さんは入所後間もないが顔もよく覚えている。あの方がなあ。

「そうかあ、あの人ねえ」

「はい、突然です・・・」

「わたし一人で行くから、あなたは来なくていいから」

と電話をくれたナースに言った。今から治療が必要な患者さんなら

ともかく、もう亡くなってしまっている患者さんだったら、わたし一

人で十分だ。C施設は比較的遠い。自家用車で行くにしては、数時間

前に飲んだ酒が氣になる。ここはやはりタクシーしかあるまいと判断

して、タクシーを呼んで出かけた。

 患者さんはもう亡くなっていた。遺体をみると、左後頭部に約3セ

ンチほどの割創があり、床に血が少し流れていた。施設長と施設管理

者を前にして、わたしは「警察に届けて検死をしよう」と断定的に言

った。こんな場合の医者の態度はあいまいであってはいけない。どち

らにしたってたいして違わないのだからこう言う場合は「決断」が大

切である。

「いいですね、警察に電話します」

 と受話器をとった。

 制服の警察官二人と少し遅れてジャンバー姿の刑事が四人やってき

て「急性心臓死だと思います」と言うわたしの言葉を聞いてかきかず

か、検死がはじまった。ま、これはいつものことでわたしには珍しい

ことではないが、当直の介護士は生まれて初めての経験らしく、緊張

のため顔がゆがみ、ひきつっていた。でも警察官の質問には「夕食は

全部おあがりになりましたし、十時の見回りの時には異常がありませ

んでした。その後も大きな物音などもしなかったし・・・」と正確に

答えた。わたしは彼女に「心配いらないからね、お年寄りの施設では

ままあることだからね」と慰めたが、「もう辞めたい」などと言わねば

いいが・・・。

検死は淡々と行われ、三時間も経ってほぼ終わりかけたころ、黒ジ

ャンバーの責任者とおぼしき刑事がわたしに「腰椎穿刺はしていただ

けますか」と言った。

ルンバール?

さあて・・・

長いことしてないからなあと思いはしたが「まあ、やってみますか」

と返事して脊椎に針を刺した。すると、意外なことに出て来る髄液は

「純血性」ではないか。わたしはこの方の死亡原因は脳出血ではなく

「心臓死」だろう、その理由は脳出血なら発症から死亡までの時間が

短かすぎると思ったからである。髄液をみてわたしはあっさり死亡原

因を「心臓死」から「脳出血」に変更した。黒ジャンの刑事は更に

「心臓血を採っていただけますか」と言った。「クスリを調べますか」

と言ったが刑事は何も答えず長い針を差し出した。これも久しぶりの

処置ではあったが、これはそう難しいことではない。ベッド脇の金の

柵にわずかに血が付着していたし、この方は午後十時以後に大きい悩

出血をおこし、悩室に穿破して倒れたのだろう。倒れる時にベッド柵

で頭を強打したと想定した。刑事も異論をとなえなかった。

帰って再び床についたのは午前五時を過ぎていた。

その日と次ぎの日の二日間は睡眠不足のため仕事中も頭痛がしてし

かたなかったがやっと最近調子が回復した。

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